世界をつくる

より質の高い会社に
お客様が自然に集まる世界をつくる

HISTORY

社長の履歴書

わたサポが目指す場所 スタッフ、協力業者様、お客様、関わる全ての方へ

これを読んで何がわかるの?

はじめまして。「わたサポ株式会社」と「わたさぽホーム」代表の渡辺寛士(わたなべひろし)です。このページでは

  • なぜ、この会社が生まれたのか?
  • 渡辺が何を考えていて、どこを目指して進みたいのか?
  • 誰のために、どうやって目指す世界を創っていきたいのか?

これらについて包み隠さず公開していきます。

僕たちは今、「質の高い会社にお客様が自然に集まる世界をつくる」というミッションを掲げて活動しています。裏を返せばこの業界にはまだまだ「稼げたらOK」と考えるサービス品質の低い会社が多いのですが、残念ながらそのような会社にも多くのお客様が集まっているのが現状です。

この現状を変えるための活動を、僕は正しく、うさんくさくなくやり抜きたいと考えています。

日本の市区町村の人口から考えると、「質の高い会社にお客様が自然に集まる世界」の実現には最低でも年商2億円規模の会社が全国に150社必要です。なぜ150社かと言うと、質の高い工事を提供できる会社が150社あれば、毎年1万〜3万件のサービスを全国のお客様に提供できるから。

これを実現できれば、日本の建築業界にとってかなりインパクトのある数字となります。

また、特に職人出身の社長がいる会社では「腕に自信はあるけど、お客を集めるのが苦手」というケースが多くあります。そのような会社が訪問販売など営業系の会社に負けない仕組みを作ることも僕らの目標です。

できればこの活動の輪を150社と言わず500社、1000社と広げていきたいと思っています。ですが、残念ながら今の僕の実力ではここまでの道しか描けません。

そのため今は「全国150社の質の高い会社と共に、年間1万件の施工サービスを届ける」という現実的な数字を当面の会社のビジョン(目標)として掲げています。

おそらく、この活動が成功するかどうかは「当社の考えが、どれだけ多くの方に共感して頂けるか」で決まることでしょう。だからこそ、まずは

  • 一緒に働くスタッフや協力業者様
  • わたさぽホームのお客様
  • わたサポの顧客である全国の新築・リフォーム会社様

この方たちに僕らの活動を知ってほしい。また昨今の情勢から当社でもリモートで働くスタッフが20名以上いますので、離れていても全員が同じ方向を向いて仕事に取り組めるようにしたい。そんな想いもあってこのページを執筆しています。

自分の言葉で伝えたいので、編集者を入れずに全て自分で書いていきます。読みにくいところもあると思いますがご容赦いただけると嬉しいです。

まだまだ僕らが活動している新築・リフォーム業界にはネガティブで根深い問題が多くあります。リフォーム会社の社長たちが集まる勉強会でも「もう一度職業を選べるなら同じ道を選びますか?」という質問に全員がNoと回答したこともある。そんな業界です。業界の問題点や、下記に掲げる当社のビジョンや価値観が生まれた理由もここで記しておきます。

これを読んで建築業界のことや「なぜ、こんな活動を始めたのか?」ということを知っていただき、1人でも多くの方に興味をもって頂けると嬉しいです。

Vision 全国150社の質の高い会社と共に、
年間1万件の施工サービスを届ける

Values 当社の価値観

01. 新築・リフォーム会社の範たる姿を追求する
02. ダサいと思うことはしない
03. 正解はお客様から教えてもらう
04. 身近な人から大切に
05. 誰かの犠牲を求めない
06. すべて自己責任

<渡辺のトリセツ>

僕の経歴や考え方を書くとは言いましたが、のんきな回顧録にはしません。

今も現場は刻々と動いていて、やるべきこと、やりたいことが山程あります。したがって自分のことを振り返っている時間もあまりないです。でも、僕らの活動の原点を今一度確認し、一緒に働く方々やお客様と共有したい。

そんな想いで執筆しています。

僕が大切にしていることの1つに「人対人」でのお付き合いがあります。

たまに僕の立場に気を使ってくれる方がいますが「社長だから気を使うべき」だなんて考えは持っていません。相手が誰であろうと同じスタンスで付き合いたい。そう考えているので、誤解を恐れずに言えば「お客様は神様」という言葉にも違和感があります。

相手の立場がどうであろうと、人としてリスペクトする気持ちがあれば自然な気遣いができるはずです。

リスペクトしている相手を不快にさせる行動は取らないし、そもそも取る理由もありません。それにも関わらず信頼関係を築けないなら、自分か相手のどちらかが根本的におかしいはずです。

当然、これを読んでくれているあなたとも「人対人」のお付き合いがしたいと考えています。そのため、ここでは僕がしてきた経験や、それに基づく根本的な考え方もお伝えしていきます。

いわば、僕という人間のトリセツです。

僕の頭の中を知ってしまえば、例えば就職やインターンでの入社を検討している方なら、僕と考え方が合うかどうかを判断しやすくなるでしょう。お客様であれば「この会社は信用できるのか?」と考えるための材料にできると思います。

生い立ちを振り返りながら書くため、今現在の考え方だけを知りたい場合は【4】『“職人ははいて腐るほどいる”の問題点』まで読み飛ばしていただいて構いません。どうぞお気軽にお読みください。

【1】小学校〜中学校時代

僕は1988年5月生まれです。

父は中学校の国語の教師で、親戚も医者や教育関係の仕事につく人が多い家庭に生まれました。

母が門限に厳しかったこともあり、小学生で始めたソフトボールのチームメイトからも「親が厳しいと大変じゃな」と言われるような家庭でしたが勉強を強制されたことはありません。

同居する祖父が体操の元国体選手でしたし、父も芳泉高校の一期生で、当時は強かったらしい野球部のキャプテンとして新聞にも取り上げられた選手です。さらに母もその野球部でマネージャーをしていたこともあり、スポーツに理解がありました。

僕も小学生5年生のときに始めた泉田ソフトボールで4番を打たせてもらい、市子連という一番大きな大会で優勝。オールスターと呼ばれていた学区対抗選抜でも芳泉学区のレギュラーとして出場して優勝しました。この頃は父が子どもの頃に買ってそのまま家に残っていた「ドカベン」ばかり読んでいました。

ちなみに僕はオリックスファンです。父の仕事の都合で小学2年生と3年生の時に兵庫県に住んでいたのですが、その時にグリーンスタジアム神戸に連れて行ってもらい、イチローがライト線へのツーベースヒットを処理してセカンドにノーバウンドで送球するのを目の前で見ました。「え!!!(人間ってこんな送球ができるの?)」と驚いてからずっと応援し続けています。

ソフトボール大会渡辺

学区対抗選抜ソフトボール

同時に習っていた水泳も、6年生のときに市と県の記録会で学校対抗リレーに出させてもらっています。

市の記録会では泳ぐのに必死で気づきませんでしたが、誰かを抜いたらしく先生に褒めてもらえました。ところが次の県の記録会では逆に誰かに抜かれたようで、同じ先生が必死に慰めてくれたのを覚えています(笑)。

また、家の隣がピアノ教室だったこともあり幼稚園から中学1年生まではピアノも習っていました。

僕は「男がピアノなんてダサい!」と思っていたので嫌でしたが、それでも続けたことでソナチネまでは弾けるようになりました。おかげで今も簡単なレベルなら子どもたちに教えられるので、習わせてくれた親には感謝しています。

小学3年生ピアノ演奏渡辺

小学3年生の頃

芳泉中学校では野球部で4番を打たせてもらい、2年生の秋の県大会で3位入賞。と言っても僕はほとんど打てず、勝ち進めたのは完全にチームメイトのおかげでした。

僕はよく「手が冷たすぎる」と言われます。平熱が35度台と低いことが手先の動きにも影響しているのを感じますが、冬になると本当に使い物になりません。11月に行われた秋の県大会も本当に寒くて、だから打てなかった…と言いたいのですが言い訳なのは分かっています。客観的に見ても凄くうまい選手ではなかったです。

ところで今もそうだと思いますが、芳泉中学校は1,000人ほどと生徒数が多いです。そのため体育会では1~3年生がA組ならAブロック、H組ならHブロックに別れて競い合うのですが、これが非常に盛り上がります。

僕もこの体育会が大好きで、3年生のときにはDブロックの団長を務めさせてもらいました。合計120人ほどの前で毎日のように話をしたことは今につながる貴重な経験となっています。

さすがにうちの会社が120人規模になることはないでしょうから、これだけの人数の前で話をすることはこの先もうないかもしれませんね。

体育大会集合写真

渡辺(Dブロックの集合写真)

ここまでを見れば、僕の印象はただのスポーツバカでしょう。実際に、僕も中学生くらいまではスポーツバカになりたいと思っていました。なぜなら、中学生まではスポーツが得意だと女の子にモテるから(笑)。

そんなどこにでもいる普通の生徒でしたが、一方で当時の僕は「友達と感覚が合わない」という悩みを抱えていました。

クラスメートや野球部の中に友達は多くいます。彼らと2人や3人で話す時には問題ないのですが、集まる人数が多くなってくるとゲームや芸能人など、多くの子が興味をもつ話題が会話の中心となっていきます。

その「多くの子が興味をもっている話題」に、僕はあまり興味が持てませんでした。ですから友達は多くても、親友と呼べる子がいなかったのです。

そんな状態だったので、毎年行われていた「あなたの親友は誰ですか?」というアンケートに記入するのが本当に嫌でした。「俺が名前を書いても、向こうは俺の名前を書かないだろうな…」と、どんよりした気持ちで友達の名前を書きこんだのを覚えています。

この原因を、僕は家庭環境のせいにしていました。

うちの家庭は他の子と少し違います。門限の時間が早く、家で見るテレビはNHKばかり。テレビゲームは買ってもらえず、クレヨンしんちゃんも「下品だから」という理由で見たことがありません。

僕のように暇になると新聞を読む子や、NHKの生きもの地球紀行や週刊子どもニュースを毎週欠かさず見ている子など周りにはいません。そのためどうしても会話について行けず、いつも疎外感がありました。

これらに加えて、友達から「頭がいい」と言われることも僕を悩ませました。一般的には褒め言葉ですが、僕には言われたくない理由があります。

姉の存在です。

僕が中学2年生のときに、芳泉高校の3年生だった姉は京都大学に現役合格しています。テストの成績も中学から高校までずっと学年で1番。僕も姉を知る中学校の先生たちから「お姉ちゃんに負けずに頑張れよ!」とよく声をかけられました。

ところが、当の本人は父から言われていた「どの学校に行くかより、そこで何をするかのほうが大事」という言葉に強く共感していました。

ですから勉強に興味がない。ただただ「岡山東商業で野球をしたい」としか考えていませんでした。

「頭がいい」と言われることへの反発の気持ちや、疎外感がよほど強かったのでしょう。「テストで他の子と同じくらいの点数をとれば、もっと友達と仲良くなれるんじゃないか?」と思い込んだ僕は、勉強どころか宿題すら提出しなくなります。

当然、僕の成績はどんどん悪くなっていきました。2年生の3学期の成績は体育を除いて「オール2」。やりすぎて、気がつけば自分が一番バカになっていました(笑)。

そんな悲惨な成績でも僕は「野球を絡めたら推薦で東商に入れる」と都合のいい勘違いをしていました。

ようやく勘違いに気づいたのは、3年生の春に行われた進路面談のときのことです。先生に「野球で東商に行きたい」と伝えると「内申点の合計が34ないと東商には推薦できないよ」と言われ、ようやく推薦の仕組みを理解しました。

そんな調子だったので、自主性を重んじる親もさすがに堪忍袋の緒が切れます。「いい加減にしなさい」と強制的に塾に入れられました。

幸いにも塾のおかげで、5教科の合計点は1年で200点以上も伸びました。先生も取り計らってくれたのか、内申点の合計もちょうど「34」まで上昇。無事に推薦で岡山東商に進学できました。

ただ、肝心の「友達と感覚が合わない」という問題は卒業するまで解決しませんでした。

このときの経験から、今もすごく大事にしている言葉があります。

それは、父から言われた「どこに行くかより、そこで何をするかのほうが大事」という言葉です。これは仕事でも同じ。考え方しだいで結果はもちろん、仕事への取り組み方も大きく変わります。

だからこそ僕は「自分はどんな生き方をしたいのか」「そのたびに何をするべきか」ということをスタッフにはしっかりと考えてほしいし、これを社内の評価項目にも取り入れています。

学歴や経歴なんか、入社してしまえば何の足しにもなりません。いくら頭がよくても「売れたらいいんでしょ?」「クレームがでなければいいや」という気持ちで仕事をしている人は必ずボロがでます。このことはスタッフ全員に肝に銘じてほしいです。

うちの評価項目については後ほど詳しく書きますが、一言でいえば僕はスタッフの「人間性」をかなり重視して見ています。

ちなみにあれほど友達と感覚が合わないことで悩んでいたのに、今は定期的に集まる中学校の同級生が10人ほどいます。もちろん感覚もピッタリです。僕と同じように独立した友達が多いこともあるでしょうが、時が経つとこうも簡単に解決するのかと驚いています。

▼追記

「お姉ちゃんがいるんだね」と話してくれる方に申し訳ないので…。

一応お伝えすると3つ下の弟もいます。今も会うたびに「勉強じゃ姉ちゃんに勝てんかったし、スポーツじゃ兄ちゃんに勝てんかった。だから俺の性格はひねくれた」と言ってくる弟です。

僕から見ればバスケで岡山市選抜に選ばれていたし、進学先も姉と大差ないのですが…。仲はいいのですが、たしかに少々ひねくれてます(笑)。

【2】高校時代に学んだこと

岡山東商での3年間はもの凄く充実していました。とくに

  • 陸上部で「目標を持つことの大事さ」を知ったこと
  • 部活くらい楽しい仕事を見つけたら人生は楽しいと思えたこと

この2つの学びが大きかったと感じています。

ん?陸上部??と思ったかもしれませんね。実は入学前の春休みに仮入部という形で野球部に入ったのですが、昔ながらの雰囲気が「軍隊みたいで嫌だな」と思ったので正式には入部していません。

野球を辞めるのは思っていたより何倍も大変なことでした。父とはソフトボール時代のコーチに相談に行きましたし、中学校の野球部の先生など色々な人のところに謝罪に行っています。

でも、このときに色々な方にアドバイスをもらえたことで深く学んだことがあります。

それは「自分1人じゃ何もできない」ということです。

それまでの僕は、スポーツで入賞したときのスピーチなどで「支えてくださった方々に感謝しています」と口にはするものの、実感がこもっていませんでした。それが野球を辞めて多くの人に迷惑をかけたことで「自分1人じゃ何もできないんだ。多くの人に支えられていたんだ」とようやく理解できたのです。

今もそうですが、このときから僕は行動して体で覚えないとダメな人間のようです。

多くの方に迷惑をかけたことへの贖罪の気持ちもあり、僕は「中学のときに勉強しなかったから、高校では勉強を頑張ろう!」とだけ心に決めて高校生活をスタートしました。

部活はボート部を選んだのですが、この選択が僕のその後の人生を大きく変えます。

ボート部の顧問の先生は、陸上の幅跳びと三段跳びで優秀な選手だった人でした。その縁もあって、ボート部と陸上部はときどき合同練習を行っていました。当時の東商の陸上部は、インターハイで入賞する選手が複数いるほどの強豪チームです。彼らからすれば「なんでコイツらと練習すんの?」という気分だったことでしょう。

事実、体力的に劣る僕らは完全におじゃま虫でした。ですが、僕はこの練習中に見た「やり投げ」に強烈に惹かれます。

やり投げは長さ2m60〜70cmの槍を持って30mほど助走し、投げた距離を競うマイナーなスポーツです。でも、僕にはこれが凄く楽しそうに見えました。

野球では肩の強さに自信があったし、1つ上の先輩も野球部を辞めてやり投げで大活躍しています。だから自分もいけるんじゃないか?という気持ちがあり、2年生から陸上部に転部させてもらいました。

ただ結果はパッとせず。1年後に迎えた3年生の夏のインターハイ予選では中国大会まであと順位1つ、というところで敗退しました。

陸上部での1年間は、歩けなくなるほどの腰のケガや、背中の肉離れなどケガばかりでした。それにも関わらず、充実した楽しい日々を過ごせたのには理由があります。それは、「全国大会にでる」というブレない目標があったからです。途中入部の僕を迎え入れてくれた先輩や同期、後輩と一緒にする練習が楽しかったこともありますが、それだけではキツい練習を乗り越えられなかったと思います。

この経験から、僕は会社のスタッフには仕事でもプライベートでもいいので「心から目指したいと思える目標」を持つことをオススメしています。

なぜなら、それだけでも人生が豊かになるからです。大人になっても部活と同じくらい打ち込めるものがあれば毎日の生活が間違いなく楽しくなります。

できれば起きている時間の大半を費やす仕事に熱中できると良いでしょう。ですが、釣りや筋トレ、ゲームなどの趣味でもOKです。僕の個人的な意見ですが、より熱中しやすいのは自分のレベルを数値で測定できる趣味だと考えています。

数字以上に具体的なものはないです。僕は筋トレと釣りが好きですが、どちらも目標と今の数字を比べられるので「次はこうしよう」「ダメならこれをやってみよう」とあれこれ考えられます。

さらに、その取り組みが正解かどうかも数字が教えてくれるのでより楽しめるようになりました。もちろん無理に数字にこだわる必要はなく、カメラや絵画、陶芸などでも熱中できれば何でもOKです。

ちなみに、今の僕の仕事も「部活と同じくらい打ち込めるものは何だ?」と探し求めた結果見つけたものです。ですから目標に向かう中でツラい経験が多くあっても、トータルで見れば凄く充実した毎日を過ごせています。

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話を戻して、「高校では勉強も頑張る!」と決めた僕は、疲れて眠い目をこすりながら徹夜で試験勉強をしたり、日商簿記2級の問題に取り組んだりと資格やテストの結果には強くこだわっていました。

そのかいあって成績は良好。ですが、今思えばこれは「勉強のための勉強」。努力できる素地ができたくらいで、未来の自分のためになったのか?と言われれば微妙です。

そもそも勉強を頑張った理由が「人に迷惑をかけたから」という贖罪の気持ちからですし、あまりにも目的意識がなさすぎました。今振り返っても、もったいなかったな…と反省しています。

会社のスタッフにはよく話すのですが、社会人になってからの勉強は目の前の課題を解決したり、仕事の質を高めたいと思ったときに「素早く大量に学ぶ」のがポイントです。

今は、昔の100年分の変化が10年で起きるほどスピード感のある時代です。そのため教材を2、3個買って「後で見よう」なんて思っていると、仕事の内容が変わって学ぶ機会が失われます。

そうなると積ん読(つんどく)すらできず、何も身につかず文字通り時代に取り残されます。だからこそ素早く大量に学び、思考の質を高めたうえで即座に実践する。この繰り返しが大事です。

中身のない勉強をしているとどうなるかは、高校3年生の僕が身を持って証明しています。

「どの学校に行くかより、そこで何をするかのほうが大事」と考えていた僕は、進学先に自分の陸上のレベルでも続けられそうな松山大学を選びました。

この選択に後悔はないですが、あれだけ頑張った勉強は何一つ活かされていません。しかも、先生からは「お前のせいで1人松山大学に入れなくなるんだぞ!」と怒られる始末(笑)。ほんと、勉強のための勉強など不要です。なんの役にも立ちません。

文化祭集合写真

文化祭にて。とても楽しい高校生活でした。

陸上部卒業式集合写真

陸上部(卒業式にて)

克己(こっき)という言葉は今も自分の中で大切にしています。

陸上は記録との戦いで、自分に打ち勝たねば自己ベストを出せません。

自分の弱さや願望に打ち勝ち、より良い活動を行っていく。仕事も克己の精神で進めています。

【3】ポテンシャルを意識した大学時代

大学での4年間は、とにかく自分のポテンシャルを高めることに注力しました。

陸上も頑張りましたが、取り上げて書くほどでもないので省きます。ただ、筋トレだけ見ても高校とはレベルが大違いでした。写真では分かりづらいですが、体重が10kg増えるなど体のサイズが一気に大きくなりました。

大学時代陸上部集合写真
やり投げの練習風景

←やり投げの練習風景
渡辺は左利きです

↑やり投げの練習風景
渡辺は左利きです

筋トレは今も趣味で続けていますが、大学時代の経験が大いに役立っています。

大学時代の僕は「立派でカッコいい大人になりたい」という気持ちが強かったです。そのため、部活よりも多くの経験を積むことを強く意識していました。4年間で、ダブルワークや短期のアルバイトも含めると10以上の仕事を経験しています。これだけ動けたのはきっと父の影響でしょう。

この頃、父は中学校の教師を辞めて大学の先生になっていました。同時に臨床心理士でもあったので、家には教育心理学の本がたくさん置いてあります。

僕も高校生になると気になる本を手に取るようになりました。そこで読んだ本に感化されたのか、高校3年生になる頃には「心理学って面白いな」「自分も教師になりたいな」と考えるようになっていました。

ですが、教師になれば周囲から父と比較されることは避けられません。中学時代にあれだけ姉と比較されて嫌な思いをしていますから、それだけは勘弁です。「心理学を活かして、何か大きなことができる仕事を探そう」と僕は考えました。

この「大きな仕事をしている自分」が、僕にとっての「立派でカッコいい大人」だったのです。

当時の僕の勝手なイメージでは、大きな仕事といえば商社でした。さらに商社と言えばコミュニケーション。そう思っていたので、大学に入学してすぐタウンワークで見つけたテレアポのアルバイトに応募しました。

このアルバイトが、僕にとって貴重な出会いをもたらしてくれます。

バイト先はNTTの光回線を販売する会社だったのですが、僕はサッパリ契約がとれず入社から3ヶ月後にはクビ寸前となっていました。見かねた上司が他のチームに席替えしてくれたのですが、そのチームに大津さんという会社全体でもトップの成績の方がいました。

この大津さんが、なぜか僕のことを気に入ってくれたのです。

休日に一緒に筋トレをしたり、お好み焼きを食べに行ったり。電話のかけ方も教えてもらったおかげで、僕も人並みに仕事ができるようになりました。

その後、僕がテレアポではなく実際にお客様の家に行く部署に移ったことで大津さんと会うことはなくなりましたが、3年後に思いがけず再会します。そしてその後、なんと3回も僕の人生を変えるキッカケを与えてくれました。

1回目は銀行を辞めたあと。

2回目は東京に引っ越すか迷っていたとき。そして3回目は後に恩師となる方の会社が出していた求人に応募すべきか悩んでいたときです。

1回目のタイミングは、入社したリフォーム会社の研修を受けていた時のことでした。僕が入社した会社では、2ヶ月ある研修中は17時に仕事が終わります。さらに福岡のホテルに缶詰で暇だったので、長い夜の時間を使って僕は将来について色々考えていました。

そんなある日、大津さんが3年ぶりに電話をかけてくれました。

ひとしきり積もる話も終わり、せっかくなので「僕って仕事で何を目指したらいいんですかね?」と相談すると返ってきたのは「なべさん、部活楽しそうだったやん?あれと同じくらい楽しい仕事を見つけたら人生勝ちだと思うよ」と答えてくれたのです。

この言葉が、先ほど述べた「部活と同じくらい打ち込めるものがあれば、毎日の生活が楽しくなる」という考えに繋がっています。ちなみに3年ぶりに電話をくれた理由は「なんとなく」でした(笑)。

2回目は、東京に出ようか迷っていた時のことです。

この頃の僕は「独立してもっと成長したい」という気持ちはあるものの、自分の実力が東京で通用するのか不安でした。さらにリフォーム会社の居心地も本当に良かったので余計に踏ん切りがつかずにいました。

それで大津さんに相談すると「地方は草野球、大阪はプロ野球、東京はメジャーリーグだからなべさんが成長したいなら絶対に行ったほうがいいよ」と背中を押してくれたのです。

この「地方は草野球、大阪はプロ野球、東京はメジャーリーグ」が、野球好きな僕にとって絶妙に刺さる言葉でした。さらに大津さんは大阪にも東京にも住んだことがあったので、言葉に説得力がありました。

※このページはうちのインターン生も読むので念のためお伝えしますが、現代では「東京がメジャーリーグ」は当てはまりません。これはまだスマホが普及し始めた頃の話で、今は日本中どこにいてもリモートで仕事が出来ます。そのため地理的なハンディはほとんどありません。

そして3回目に人生を変えてもらったのは、26歳の春。結婚も決まり、気持ち新たに頑張ろうと考えていたときのことでした。この時の僕は東京から岡山に戻り、後に恩師となる方の会社に応募すべきかどうか迷っていました。

いや、正確には「応募できなくてビビっていた」が正しいです。恩師は会社を4つ経営していて、IT業界で名の知れた会社の社長も教えを請うような人でした。

そんな人に会うには採用面接しかないと考えたものの、当時募集していたのはメインのIT会社のエンジニア職のみ。でも当時の僕はエクセルすらまともに使えません。そもそも「エンジニアって何する人?」というレベルでしたから、採用されるわけがないと悩んでいました。

すると、それを知った大津さんが「これを送ったら100%会えるよ!俺も使ってる」と、自分を売り込むパワーポイントのひな型をくれたのです。

不思議なもので、あれだけ迷っていたくせに100%と言われるとなんとなく行けそうな気がします。その勢いのまま、僕はひな型に「今までこんな事を学んできました。このスキルを活かして5年以内にこのポジションまでたどり着くことをお約束するので、何とか面接してください」と書き込んで会社宛に送ってみました。

すると奇跡が起きました。なんと一次面接のプログラムの試験がなくなり、いきなり社長が会ってくれたのです!

僕はもう10年近く日記を書いているのですが、この日の日記には「怪物が現れた。まるで頭の中を見られているようだった。きみの能力はいらんと言われたけど、カバン持ちはOKだったので飛び込んで学びまくろう。」と書いてあります。

これほど、レベルの違いを思い知った人物は恩師が初めてでした。

僕には「メンター(指導者)」と呼べる人が何人かいますが、この恩師だけは今も別格です。地元の会社なので社名は伏せますが、ここでの2年間がなければ今の僕は存在しなかったと断言できます。

ちなみにそのキッカケをくれた大津さんも今は独立していて、毎日のようにお互いLINEで仕事の話をしています。奥さんからは「彼女みたい」と揶揄されるほどです(笑)。

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少し話を戻しますが、僕がテレアポからお客様の家に直接行く部署に移ったあとにも貴重な出会いがありました。

社員として働いている、10才年上の山内さんという方です。この方は気遣いの塊のような人でした。

山内さんにはお客様の家に訪問することが初めての僕に「挨拶を適当にするな」「靴は揃えろ」といった基本的なことはもちろん、地図の読み方なども丁寧に教えてもらいました。

若い方は「地図?」と思うでしょうが、この頃はスマホがなく、地図を片手に車を運転してお客様のところに行っていた時代です。そのためカーナビと地図の両方が古いと「家、ないやん…」と焦ることも日常茶飯事。そんなときはお客様に電話して自宅まで案内してもらったものです。

他にも僕のお客様への説明がわかりにくいと思えば、図解をつくるように指示するなど山内さんは常に相手のことを考えて動く人でした。

お酒も好きな人で、仕事が終わると一杯飲んでから帰るのが日課。そこに僕や山内さんの友人も合流し、楽しみながら自然とお酒の席のマナーを学ばせてもらいました。

そして、迎えに来るのはいつも奥さん。僕も一緒に連れて帰ってもらい、何度自宅に泊まらせてもらったかわかりません。

当時「なべちゃーん!」と元気いっぱいに話してくれた、写真の小学2年生と幼稚園の年長だった2人の娘さん。今ではもう成人しています。大人になった今もたまに会うと「なべちゃん」と昔と変わらず接してくれるのが嬉しいです。

山内家と鷲羽山ハイランドにて

山内家と鷲羽山ハイランドにて

この山内さんとの出会いがなぜ貴重かと言うと、この人がいなければ僕は今の仕事に出会えていないからです。

僕が大学4年生のときに、山内さんは紹介でリフォーム会社に転職しています。同じように銀行を辞めた僕を山内さんが会社に推薦してくれなければ、僕がリフォーム業界に身を置くこともなかったでしょう。

リフォーム会社で僕の面接を担当してくれたのは顧問の方でした。銀行の元支店長で、定年退職した後に顧問として入ったそうです。

銀行員としてペーペーだった僕から見れば「支店長」は雲の上の存在です。そのため入社前の面接ではめちゃくちゃ緊張しましたが、銀行繋がりで気に入ってもらえたのか無事に合格。さらに研修修了後、3ヶ月ほど顧問の仕事に同行させてもらえました。

この3ヶ月の経験で良かったのは、移動する車の中で「どうやって支店長になれたのか?」「上の立場にいる人が何を考えているのか?」といった話を聞かせてもらえたことです。

話が長い人だったので当時は「それって武勇伝?」と何となく聞いていましたが、いざ自分が独立して取引先の社長や銀行の方と話をするようになると、組織で出世した人の話が聞けたのは貴重な経験だったな…としみじみ思います。

このようなキッカケをくれた山内さんとは、今も家族ぐるみの付き合いがあります。コロナで行ける回数は減ってしまいましたが、5年住んだ愛媛は僕にとって第二のふるさとです。

大学時代には他にも居酒屋など多くの仕事を経験しました。今思えば、仕事の内容よりも仕事を通して出会った人や、彼らを通して学んだ考え方のほうが大きな財産となっています。

中でも10歳も年上の山内さんたちと多くの時間を過ごせたことは貴重な経験でした。なぜなら社会人である彼らと同じ基準で行動することで、成長するスピードが飛躍的に早くなったからです。

この経験もあり、僕は「当たり前の基準を上げる」ということをスタッフに強く意識してほしいと思っています。今の自分のレベルを当たり前と思わず、「自分はもっとできる」と信じてどんどんトライしてほしいのです。

こうすることで、より早く成長できます。だからこそ僕も頑張る人には惜しみなく投資します。こうして集団の「当たり前の基準」を上げ、自然と高い基準で仕事ができる会社にしたいと考えています。

ただ、これをやると弊害として周りの友達と話が合わなくなる可能性があります。実際に高い目標をもつ人の多くが同じ悩みを持つようです。

でも心配は不要です。僕も同じ経験をしましたが、いずれ自分と同じ基準をもつ新しい友達が次々と現れます。そして彼(彼女)らとより濃いお付き合いができるようになります。

うちのインターン生も面接では「友達に変な人だとよく言われます」「友達はいるけど話が合わないんです」と話す子が多いです。それでも、いざ働き始めるとすぐに違和感がなくなります。

なぜなら、周りもみんな似た者同士だから。自分と同じく「当たり前の基準」が高い人ばかり集まっているので違和感がなくなるのです。

この「当たり前の基準」を上げることが、ポテンシャルを高めることに繋がると僕は考えています。

当たり前の基準の大切さについて別の角度から学べた出来事もあります。

大学の陸上部に、同じ岡山県出身で3つ年上のハンマー投げの選手がいました。この先輩が自分の引退試合が終わった後の投擲(とうてき)チームのミーティングで、僕にこんな言葉をかけてくれました。

「強い選手の常識は、弱い選手の非常識。弱い選手の常識は、強い選手の非常識」

当時の僕はやり投げのフォームを変えたことでスランプに陥り、高校時代よりはるかに悪い成績で苦しんでいました。そんな僕に「考え方を変えなさい」という意味で声をかけてくれたのだと思います。

僕はこの言葉を今も強く意識しています。

なぜなら、仕事もまったく一緒だからです。よく「戦略8割」と言いますが、僕が見てきた尊敬できる社長は全員が戦略を練ることにかなりの時間を割いています。きっと「行動する前に考えることは、できる人にとっては常識」なのでしょう。実際にウチでも戦略を練らずに行動した仕事はたいてい失敗しています。

仕事において「何となくこう思う」で動くのはNGです。また根拠のない行動で成果を出したところで、次に活かせなければ何の意味もありません。

できる人と同じくまず考えて、行動したら記録を残して分析する。この分析する時間も「戦略8割(考える)」に該当します。

これは本当に大事なことです。そのため、うちでは独自に構築した仕組みを使い「今月の結果は良かったけど、次はもっと良くなる」と誰もが根拠をもって言えるようになる体制を整えています。

仕事をするうえでは根性も大事です。でも、根性が必要になるのは首から上をしっかり動かして考えた後の話。

僕もどちらかと言えば体当たりで飛び込んで根性で乗り切るのが好きな人間です。でも同時に、これが「仕事ができる人にとっての非常識」であることは知っています。だからこそ、限界まで考えて「これ以上考えても分からないや」となったら初めて飛び込む。幸いにも体力はあるので、考えるときに根性を発揮するように心がけています。

そういえば、高校で僕と同じく野球を辞めてやり投げを始めた1つ上の先輩はインターハイで2位、全カレ(大学の全国大会)では優勝と大活躍していました。

元々の身体能力も凄い人ですが、今なら先輩が根性だけじゃなくて頭を使って練習していたのだとわかります。僕も当時から頭が使えていれば、少しは結果が違ったかもしれません。

【4】『職人は“はいて腐るほどいる”』の問題点

話を大学を卒業した頃に戻します。大学をでて、僕は岡山の銀行に入社しました。

就職活動では商社に入りたくて、愛媛と東京や大阪を夜行バスで何度も往復しました。そのかいもあり第一志望の商社から内定を頂いたのですが、この頃に祖父が倒れたことで「長男だし、地元にいたほうがいいのかな?」という気持ちが少しずつ大きくなります。

そこで岡山でも就職活動を行って銀行から内定をいただけましたが、本音ではやっぱり商社に行きたい。

正直に銀行の最終面接をしてくれた方に相談すると「うちでも十分成長できるし、たくさんの社長と会える」と言っていただき、その一言で入社を決めました。

そんな事情も考慮されたのか、入社式ではなぜか僕が新入社員代表として答辞を読む係に指名されました。もっと高学歴な人たちがいるのに…とは思ったものの、期待されると嬉しいのでやる気はでます。

ところが運悪く、配属されたのは3年で10人もの社員が辞めるか鬱になった支店でした。上司は今なら即パワハラに認定されるような人で「将来この人みたいになるのは嫌だ」「こんな事していていいのかな」と考え出すと、どうしても真剣に働こうとは思えません。

ミスに厳しく減点方式で評価される環境も自分には合わないことに気づき「やり直すなら早いほうがいい」と1年も経たずに辞めました。まったく自分のわがままという他ないです。

銀行には申し訳ないことをしましたが、大企業の雰囲気や仕組みを経験できたことは良い経験でした。今でも社内のルールづくりなどを行うときには「銀行ではこうだったよな」と思い出すことがよくあります。

ちなみに当社のホームページに掲載されているインターン採用ページには、このときの経験を踏まえて就活を控えた学生に伝えたいメッセージを書いています。大学時代にポテンシャルを高めておけば進路選びに失敗する確率は減るはずです。

銀行を辞めた次の月には、先ほどの山内さんの紹介でリフォーム会社に入社しました。リフォーム会社を選んだ理由は、銀行員時代に「単価の大きな商品を扱うと人間性が磨かれる」と聞いていたからです。

入社してすぐは銀行とのギャップに驚きました。銀行は良くも悪くもお堅い職業です。1円の違いも許されない世界だったのに、リフォーム業界では3社が見積書を出せば同じ工事でも内訳の数字がバラバラ。

金融機関がお客様に嘘をついて何かを販売すれば大問題になりますが、リフォームでは地域によっては訪問販売のほうが勢力があります。実際、相場よりべらぼうに高い価格で質の低い工事を提供されるお客様があまりにも多いことに衝撃を受けました。

おそらく戸建住宅に住んでいる方なら、訪問販売の業者が来た経験が1度や2度はあることでしょう。この時ほどではないですが、今も訪問販売業者の存在は大きな問題となっています。

また僕は岡山に住んでいた期間が長いので地元の業者のことはある程度わかります。その中にはテレビCMを流している会社や、ホームページで立派なことを書いている会社もあります。

ある時、そのうちの1つの会社で工事を行ったことがあるお客様から「お宅でリフォームをしたい」と相談を頂きました。ただ、このお客様の要望を叶えるためにはプロパンガスの撤去が必要です。そのため以前工事をした会社に「撤去してほしい」と連絡をすると、あの手この手で妨害されました。

詳細はオブラートに包みますが、お客様もさんざんキツく言われたのでしょう。「あの人たちは怖い。何をされるかわからないからガスは触りたくない。リフォームも諦めます」とすっかり意気消沈していました。

ガス代は継続収入に繋がりますから、会社として撤去されたくない気持ちはわかります。ですが、だからと言ってお客様がよそでリフォームを検討するほどフォローしてこなかった自社を責めるのではなく、よりによってお客様を攻めるなど言語道断です。

後で職人さんたちにこの話をすると「あそこは有名だから関わっちゃダメだよ」と言われました。表向きは立派な会社でも裏では何をやっているかわからない。この出来事は、僕の中で今の活動を始めるきっかけの1つとなりました。

僕が「より質の高い会社にお客様が自然に集まる世界をつくる」という活動を始めるきっかけになった出来事がもう1つあります。

これも岡山でテレビCMを流しているリフォーム会社なのですが、ひょんなことから社長とゆっくり話す機会があり「うちの取り組みを見てほしい」と依頼を受けました。

テレビCMを出すくらい大きな会社ですから、魅力的な取引先になる可能性があります。ですが僕は取引を断りました。その理由は、この社長が「職人は“はいて腐るほどいる”」と言い放ったからです。

この会社はテレビCMだけでなく様々な広告を流しています。多くのお客様から問い合わせをもらい、安値で提示する。お客様は「有名な会社で価格も安い」と喜んで契約するのでしょう。

ですがその裏で、この会社は工事を行う職人を「この価格でやれ」と買い叩いていました。職人も生活がかかっていますから抵抗はするのですが「嫌なら他の職人にやってもらうけど、お前生きていけるのか?」と言われれば為す術がない。

腕の良い職人は技術を磨くことに一生懸命で、お客の集め方を知りません。それを知っているから、足元を見て買い叩く。誰かが潰れたら次の職人に同じことをさせる。「職人は“はいて腐るほどいる”から俺は困らない」というわけです。

こんな事を嬉しそうに話すので、僕は波風立てないようニコニコ顔で聞いていましたが心のなかでは軽蔑していました。

彼が買い叩いている職人たちは同じ岡山に住んでいます。地元の人に低価格で工事を提供するために、地元の人を犠牲にする。ここにどんな価値があるのでしょうか。

こんな異常な世界を変えたくて僕が立ち上げたわたサポには、素晴らしい工事をお客様にお届けしている職人出身の社長が多く集まってくれています。その中にはこの話のように、若い頃に元請けに買い叩かれて破産した経験をもつ方もいます。

たとえば、広島市で外壁塗装会社を行う有限会社リプルクリエイトの川岡社長もそうです。彼のホームページにはその壮絶な経験が書かれていますが、若い頃は赤字か赤字ギリギリで仕事を受け続けていたと述懐しています。

リプルクリエイトのHP

川岡社長いわく、利益がでない価格で仕事を受け続けるといつか心が折れてしまうそうです。そして「黒字にするために、早く仕事を終わらせよう」と考えるようになります。安い価格でも利益を出すためにはどこかで手を抜くしかない。そのため結果的にお客様に迷惑をかけることになります。

…大事なことなのでもう一度言います。

彼が買い叩いている職人たちは同じ岡山に住んでいます。地元の人に低価格で工事を提供するために、地元の人を犠牲にする。実際に行われる工事は職人が生活のために手を抜いていて、お客様は質の低い工事の被害者となる。ここにどんな価値があるのでしょうか。

職人を買い叩いても何の価値も生み出しません。でも、職人を買い叩く会社にお客様が自然に集まっているのが今のリフォーム業界の現状です。

僕はこの現状をお客様にも知っていただき、ご自身の身を守るためにぜひ『適正価格』で提供する会社を選んで頂きたいと思っています。「より質の高い会社にお客様が自然に集まる世界」の実現にはこれが欠かせません。

「職人は“はいて腐るほどいる”」と言い放った社長は、一見すると人の良さそうな方でした。きっと、お客様の前ではとびきりの笑顔で接しているのでしょう。

リフォーム業界に限った話ではないですが、パッと見は立派な人でも本音では何を考えているかわかりません。僕だってこうやって自分の考えをいろいろ書いていますが、ひょっとしたら裏ではまったく違うことを考えているかもしれません。

…どうします?僕の正体がこんな詐欺師だったら(笑)

渡辺容疑者(100%フェイク)

真面目なスタッフが真面目にフザケました

でも、そんな警戒が必要なほど癖のある人が多いのもこの業界の特徴なのです。

表裏のある人は一定数存在します。ぜひ、面倒でも直接話をしてから相手を見極めるようにしてください。

ちなみにリフォームの場合は「どこよりも安くします」とか「今決めてくれたら大幅値引き」という言葉がでたら要注意です。

なぜなら、これは完全に営業が得意な会社が使う言葉だから。僕が知る限り、腕のいい職人系の会社はこのようなテクニックを使いません。プライドが許さないのか、はたまた知らないだけなのか理由はわかりませんが、営業トークに興味がないのは間違いないようです。

箸休めコーナー
小学生が手伝ってくれてほっこり

小学生が手伝ってくれて
ほっこりすることも

ナニコレ珍百景に出せそうな風景

ナニコレ珍百景に出せそうな
風景に出会えるのも仕事の楽しみ

陶芸品

陶芸家のおじさんが作り方を
熱心に教えてくれました

【5】経営理念と6つの価値観の由来

先ほど述べた内容や、他にもショッキングな出来事を僕は数多く経験してきました。

そのため常々「この異常な状況を変えるための活動がしたい」と思っていたのですが、すんなりと今の活動を始められたわけではありません。

実は独立する前には、介護業界向けのサービスで起業することも考えていました。

僕はカバン持ちをさせて頂いたときに、介護職専門の人材紹介会社の立ち上げを任せてもらったことがあります。恩師に1000万円が入った通帳を渡されて「この残高がゼロになったら終わりにするから。頑張れ」と言われたときはシビレました。

妻には申し訳ないと思いつつ、当時は帰宅が午前様になることもいとわずがむしゃらに働きました。そうして関わりを深めていく中で「介護業界には想いの強さで働く人が多いのだな」ということに気づいたのです。

建築業界と同じく、介護業界もきつい、汚い、危険の「3K」だと言われています。給料の安さも加えて「4K」という人もいますが、それでも人の役に立ちたいと強い想いをもって働いている方が多くいます。

ところが、少子高齢化が進む日本では人手不足に悩む介護施設が多いことが社会問題となっています。高齢者を支える仕事につきたいと考える若者が圧倒的に少ないのです。

僕は介護業界での転職を希望する人を集める仕事をしていましたから、その知識を活かせば人が足りずに悩む介護施設に貢献できるかもしれない。想いをもって働く人に貢献できるなら挑戦する意義があるのではないか?と考えていました。

もうお気づきかもしれませんが、僕は想いのある人や、考え方に芯のある人が好きな人間です。

「建築と介護のどちらを選ぶか?」この答えを決めるまでに2ヶ月ほど悩みました。最終的に今の仕事を選んだ決め手は「死ぬときにどっちが後悔しないか?」と考えたことです。

手先が不器用な僕はリフォーム会社の工事部長に「お前はいらん」とクビにされた経験があります。正直、自分でも配管以外の工事はやりたくありません。ところが「人を集める」ことに関しては適材適所なのか、どうやら才能があるようです。そのことに気づけたのは、僕がカバン持ちを終えて時間ができたことを知り「ちょっと手伝ってよ」と誘ってくれた知り合いのリフォーム会社のおかげでした。

この会社の社長は経営について熱心に勉強している人です。ある時、その人から「お前すげーな」と言ってもらえたことで、心の奥底に残っていた不安な気持ちが消えました。自信が確信に変わったのか、自然とこう考えられるようになったのです。

「この人のような、腕は良いのに経営が苦手な方に喜んでもらえる存在になれたら世の中に貢献できるかもしれない。チャレンジしなかったら、きっと死ぬときに後悔する」

これで腹が決まり、わたサポの前進となる「WEB技能社」を立ち上げました。思いきりウェブ系の名前ですが、経営の支援で出来ることは何でも提供していきました。

チラシやホームページを作ったり、ニュースレターを作ってみたり。いつの間にか顧客の数も増えてそれぞれが事業化されていき、頼んでくださった方からも「建築会社向けにサービスを提供する会社の中では一番質が高い」と嬉しい言葉をいただけるようになりました。

そんな、会社としてちょびっと自信がついたタイミングで、僕の「死ぬときに後悔しそうなこと」の最上位リストが変わったのです。

「質の高い会社にお客様が集まる世界をつくる」

今までは個人として、目の前のお客様に貢献することが僕の原動力でした。これはこれで充実していたのですが、ほぼ個人としての活動なのでトータルの貢献度は小さいままです。

会社として力がついてきた今なら、職人を犠牲にして安価な工事を提供する会社が多い工務店・リフォーム業界に一石を投じることができるかもしれない。この考えが浮かんだときに、直感でビビッときました。もはや後戻りはできません。やらないと死ぬときに絶対に後悔します。

こうして会社を成長させる方向にかじを切り、同時にわたさぽホームを立ち上げることも決心しました。自らリフォーム会社を運営することに決めた理由は2つあります。

1つは、現場にでて忙しい職人の方々でも、マネをするだけである程度会社が上手く回る仕組みを提供したいから。

2つ目は、僕の覚悟を示す必要があると考えたからです。お客様のことを大切に考えている、質が高い会社「だからこそ」地元の方々に支持されながら、会社として成長できるやり方がある。

そのことを自らリスクをとって証明しないと、うさん臭い人間が多いこの業界で信用を得ることはできないと考えました。これが、僕が周囲に反対されても人生を賭けて大きなチャレンジに挑む理由です。

より質の高い会社にお客様が自然に集まる世界をつくる

質の高い会社にお客様が集まる世界をつくるとなると、大勢の仲間が必要になります。当社のスタッフだけでなく、考え方に共感してくださるお客様をも巻き込むくらいでないと大きなムーブメントは起きないでしょう。

しかもこれは「死ぬときに後悔したくない」という僕の自分勝手な理由で始めた活動です。せめて自分の経歴や考え方くらい正直に明かさないと筋が通らない。そう思ってこの文章も書いています。

この先、僕のわがままに付き合ってくれる方が100人なのか、1000人なのか、はたまた1人もいないのかはわかりません。活動そのものが失敗する可能性だってあるでしょう。

もし失敗したら、共感してくださった方には謝るしかないですね。僕も謝ったあとは「チャレンジできた」と後悔することなく、満足して余生を過ごします(笑)。

でも、もし、大勢の方に共感していただけたなら。

その時は、工務店・リフォーム業界が変わるほどのインパクトが生まれるはずです。

リフォームを考えている方が「適正価格」で素晴らしい会社に依頼することができる。工務店やリフォーム会社も誰も犠牲にすることなく、腕をふるって素晴らしい品質の工事を提供する。

そんな、当たり前の世界が実現されることを信じて今後も活動していきます。

ここからは当社が掲げている6つの価値観について、掲げることになった理由をお伝えしていきます。わたさぽホームやわたサポのお客様なら「なぜ、この会社を選ぶのか?」スタッフなら「なぜ、この会社で働くのか?」のように、付き合うべきかどうかを考える際の判断材料にして頂けますと幸いです。

Values 当社の価値観

01. 新築・リフォーム会社の範たる姿を追求する
02. ダサいと思うことはしない
03. 正解はお客様から教えてもらう
04. 身近な人から大切に
05. 誰かの犠牲を求めない
06. すべて自己責任

01.工務店・リフォーム会社の範たる姿を追求する

より質の高い会社にリフォームを考えているお客様が自然に問い合わせができる世界を実現するには、品質に自信がある会社が自らお客様を集められる仕組みが必要です。

わたサポの顧客の中には「工事レベルでうちの右に出る者はいない!」と話す社長が多くいます。昔ながらの職人気質な方ばかりですが、それだけに「良いものなら売れる、いつか誰かが見つけてくれる」という考え方も強く見受けられます。

ハッキリ言いますが、そんなものは幻想です。

リフォームを検討しているお客様は自分の目に入る範囲の会社にしか出会えません。したがって僕たちリフォーム会社は、多くの人に知ってもらう努力をしなければ見つけてもらえません。

ですからお客様に目に留めてもらえるよう自社の良さを伝える必要があるし、伝え方を学ぶ必要があります。

また小さい会社だからといって、アフターフォローを放棄しても良い時代は終わったと僕は考えています。事実「工事の後に連絡がない」と不満を抱えているお客様は多いです。

そもそも小さな会社は大半が「地域密着です」と謳っていますが、現実はハウスメーカーなど全国に支店がある会社と比べて、ただ狭いエリアで仕事をしているだけ。

工事が終わった後もきちんとフォローを行って「何かあればあの会社に頼もう」と地元の方々に支持されている会社は100社中5社、5%もないでしょう。

逆にいえば5%の会社は支持されているのですから「小さい会社には無理」は言い訳です。ちなみに一度工事を行っても、その後連絡がなければ60%のお客様は次の工事を他社に頼むというデータもあります。それくらいアフターフォローは顧客満足度の向上に欠かせないものなのです。

下の図をご覧ください。これは質の高い家を建てるために熱心に研究を続けている、宮崎県のTOP工房さんがお客様にお渡しする資料の中で使っている画像です。

TOP工房資料

建物を空の上から見た図で、A型〜C型のどれも100㎡(30坪)になります。Aはシンプルな四角形で、BはL形、Cはコの字形と右に行くほど形が複雑になっていきます。この中で

  • 構造的に最も丈夫なもの
  • 雨漏りが一番しにくいもの
  • 金額が一番安く出来るもの

どれが正解ですか?と聞かれたら、まともな工務店やリフォーム会社なら即答できるでしょう。ちなみに答えは全部A。A⇒B⇒Cの順番になります。

ところが今、この答えすらわからない会社にも多くのお客様が工事を発注しています。

このような現実を変えるためにも、品質に自身のある会社がお客様に存在を知っていただく努力を行い、工事後もアフターフォローを行って「どこに頼んだらいいのかわからない」と感じるお客様の数を減らしていく。

これらを実現できて初めて、本当の意味での地域密着と言えるのではないでしょうか。この取り組みを小さな会社でも実現できることを証明するために、僕はわたさぽホームを運営していきます。

わたさぽホームは僕が生まれ育った地元で活動しますから、犬の散歩中や近所の居酒屋でもお客様に声をかけられます。常に見られているので、自分の利益を一番に行動していれば確実に住みづらくなるでしょう。

そんな環境の中で、きれいごとではなくスタッフや外注先、取引先、お客様、地域社会など関わるすべての方が長期に渡り豊かになる会社づくりを優先する。

その上で繁栄する会社を「範たる姿」として追求していきたいと考えています。

02.ダサいと思うことはしない

おそらくリフォーム業界でなければ、僕もこんな価値観を共有しようとは思わなかったでしょう。

リフォームを検討されている方にとっては信じられないかもしれませんが、この業界には工事中に近くの路上で立ち小便をしたり、ところ構わずタバコを吸ったり、ツバを吐いたりと恥ずかしい行動をとる人が多くいます。

「お酒を飲んでそのまま運転して帰る」という信じられない人も多いのがこの業界の特徴です。

あまりにも多いので、わたさぽホームも初めて仕事を依頼する外注先を簡単には信用しません。上記の行動を絶対にしないと書いた誓約書に署名をしてもらい、破ったら即アウト。二度と発注しないルールにしています。

僕にとって、これらの恥ずかしい行動を一括りにまとめた言葉が「ダサい」なのです。ちなみに「ダサいかどうか」は仕事で判断を迷ったときの指針にもなります。

当社のスタッフは何か行動に迷ったら「自分がダサいと思うかどうか」で判断してくれればOK。例えばよくあるのは「これをやればお客様は喜ぶだろうけど、自分の労力もいるし、少額ながらお金もかかる」というケース。

この場合、気づいていながら行動しない人はダサいです。「面倒だから」「お金がかかるから」というのは言い訳だと僕は思っています。

人としてカッコいいと思うならやればいいし、ダサいと思うならやめればいい。これが基準なので、僕もダサいと思った行動は叱ります。お客様に貢献しない仕事はもちろん、困っている人を見て見ぬ振りや言い訳も「ダサい」です。

「頑張ったけど無理でした!」は、本当に頑張った痕跡があればダサくないですね。

学生や20代の方には覚えておいてほしいのですが、仕事で手を抜いてもバレない方法はいくらでもあります。ただ、それを繰り返してきた人は30代、40代になるとすぐにわかります。なぜなら「使えない人」になるからです。

他の人は見ていなくても自分は見ています。自分で「これをやるとダサいな」と戒められる人になってください。

そういえば「わたさぽホームの仕組みをFC(フランチャイズ)化して提供してほしい」とよく工務店やリフォーム会社から要望をいただきます。そのときに「同じエリアの他社にも提供するつもりですか?」とも質問されます。

今のところそんな計画はないですが、自社の金儲けのために顧客同士を競争させることは「ダサい」と僕は考えています。

ですから少なくとも、先に導入した会社の許可がない限り導入できない仕組みにはなると思います。

03.正解はお客様から教えてもらう

IT化という言葉だけでなく、最近ではDXやRPAといった新しい概念も世に広まりつつあります。

人間の手が必要でないところは自動化する。この考え方は僕も好きです。一方で、この弊害なのか、とくに若い世代の人たちが面倒なタスクを避ける傾向があるのが気になります。

うちの長期インターン生は僕に雷を落とされた経験が1度や2度じゃなくあると思いますが、雷が落ちるのはたいてい顧客に話を聞かずに仕事を進めたときです。

とくに高学歴など、地頭がいい子ほどPCの画面上で効率よく作業しようとします。昨今は「管理職になりたくない」という人が多いそうですが、皮肉なことにその仕事ぶりは社外に出ずに仕事をしている管理職そのものです。

そうやって的はずれなことをやっている子に「何のためにこの仕事をするの?」と聞くと、たいてい「お客様のため」と返事が返ってきます。であれば、お客様が何を求めているのか、直に正解を聞かないと良い仕事などできないでしょう。

それなのに外に出ることを嫌がり、お客様が考えていることを知ろうともしない。これでどうやって良いサービスを提供するというのでしょうか。

お客様の要望をしっかりと聞いて、その内容を反映した仕事をお届けする。

たったこれだけの話なのですが、学校の勉強とは違うのか理解に時間がかかるようです。ネットに全ての答えが転がっているとでも思っているのかもしれません。

僕も立場上いずれ現場に行く回数は減りますが、時間の許す限りお客様に話を聞くつもりでいます。なぜなら、社内でどれだけ情報を吸い上げるよりも、現場でお客様の声を聞いたほうがハッキリと答えがでるからです。

これはなにも「渡辺が叩き上げだから」という話ではなく、実際に迷ったら顧客に聞いたほうが頭で何十時間と考えるよりもよっぽど効率的に仕事ができます。

ちなみに、一度、二度の成果を出した人が「絶対にコレが正しい」と思い込んでしまう事も顧客に話を聞かないことが原因で起きています。そんな人は仲間に「お客様にこの資料を使って説明すれば上手く行くから」と安易に言いがちですが、十人十色というように顧客が10人いれば10通りの答えがあってもおかしくありません。

僕は経験上「かじった程度の人ほど断言する」「逆にステージの高い人は断言しない」と考えています。世の中、そんなに単純ではないのです。

より質の高いサービスを提供するために必要な答えは100%お客様だけが知っています。

04.身近な人から大切に

冒頭でお伝えした通り、僕は「お客様は神様」と思っていません。お客様だって人間ですから、あくまで「人対人」の姿勢で接します。

人と人で接している以上、奪い合いのゼロサムゲームには絶対になりません。

たまに交渉ごとを奪い合いだと勘違いしている人がいますが、契約が取れればいいとか、お金が儲かればいいと考えている人は5年後、10年後に周囲に人がいなくなり、満たされない人生を送っていることでしょう。

『7つの習慣』という本では相手との信頼感や安心感の強弱を銀行口座の残高に例えて「信頼残高」と呼んでいます。

信頼残高

これ図を見る限り、ゼロサムゲームをやっている人の信頼残高はほぼゼロです。

この信頼残高を増やすために、僕はスタッフに「身近な人から大切に」という価値観をもってほしいと考えています。なぜなら、身近な人を大切にできない人が「世の中に貢献する」と言っても綺麗事でしかないと思うからです。

この考え方をもつキッカケとなった出来事があります。結婚したばかりのころ、僕は仕事が忙しすぎて「普段の買い物は全部ネットスーパーにしよう」と奥さんに提案したことがありました。

そのときに「そこまで怒るの?」というくらい奥さんに強烈に怒られたのです。僕は忙しさから効率の良さを求めていたのですが、奥さんは一緒に過ごす時間の長さを何よりも大切にしていました。

この出来事があって以来、僕は「仕事は効率的に。家庭は非効率的に取り組んだほうが上手くいく」と肝に銘じています。世の中の仕事が好きな旦那様には声を大にして伝えたい言葉です(笑)。この考え方のおかげで、今は2人の子どもも含めて家族の仲が良く、家庭がギスギスしていないので仕事にも良い影響がでています。

自分の行動による影響力を行使できる範囲の中で、もっとも近いのが家族です。その家族を大切にできない人が、さらに遠いところにいる社内の人間やお客様を大切にできるはずがありません。

身近な人物

上の図についてスタッフに伝えておきたいのですが、お客様を大切にするのは当たり前です。ただ見ての通り、お客様は最も遠いところにいます。つまり、僕にとってはお客様より社内外のスタッフのほうが大事です。

ですから「自分は客だぞ!」という態度で明らかに無理な要求を押し付けてくる人は断っても構いません。なんなら僕が代わりに断ります。

僕は、うちのスタッフが誠実に対応できる人たちだと信じています。そんな集団だからこそ、身近な人から大切にしてほしい。誰に対しても下手にでることも偉そうにすることもなく、「人対人」の姿勢で接してほしいと思っています。

ちなみに。

うちは女性に助けられている会社です。わたサポ・わたさぽホームともに、在宅ワークで働く20名以上の女性が大半の仕事をこなしてくれています。

主婦になる前は企業でバリバリ働いていたママさんも多いのですが、家事や子育てをしながら働く姿には本当に頭が下がります。彼女たちを見ていると、身近なところで奥さんにすごく助けられていることも実感します。

共働きが多いこれからの時代は、夫婦ともに仕事は効率的に、家庭は非効率的に取り組むと上手くいくのではないか。そう思えてなりません。

箸休めコーナー
夫婦イラスト

05.誰かの犠牲を求めない

僕は「知識がないお客様に不要な工事をすすめる」とか「外注の代わりはいるから安く請け負わせる」といった、誰かを犠牲にして利益を得るやり方は一切認めません。

わたさぽホームのリフォームはもちろん、わたサポも特にウェブに関わることなど、お客様の無知に付け込んで不要なサービスを売りつける人間がいれば冗談じゃなくクビにします。

よく「リフォームは自分の親の家だと思って提案しなさい」と言いますが、自分の親ではなくても「人対人」で敬意をもって接していればそのような対応にはならないはずです。

一方で「誰かの犠牲を求めない」はお客様にも意識してほしい言葉だと僕は考えています。とくに安値で依頼すると自分の首を絞める可能性があるので注意していただきたいです。

「リフォームなら、どこに頼んでも一緒」と考える方は多いです。図面が一緒ならどこに頼んでも同じものが出来ると思うのは自然なことですが、現実は全く違います。

これについて端的に表現してくれた、ある工務店の社長の言葉があります。

「広告に低価格で表示すればお客様の数は増えます。ただ安いのには必ず理由があります。よく聞くのは大工に依頼する時の金額です。「新築○○様邸の大工工事一式を○○万円でやって!」と大工さんに投げる金額が異常に安い会社が多くあります。すると、大工さんは給料が異常に安くなりますから、早朝から夜遅くまで頑張って給料をあげようと努力する。

そして身も心も疲れ果て、元は素晴らしい大工さんなのに雑な仕事をせざるを得なくなっていきます。本当はイヤでも、生活のためにまた大工工事を請けなくてはなりません。こんな事を繰り返しているうちに、粗悪な仕事しかできない大工になっていく人も少なくないです。これが、欠陥住宅の原因の一つだと私は思っています。

……

このような事情があるため、わたさぽホームでは「適正価格」にこだわっています。適正価格とは職人を買い叩く必要がない価格のことです。

職人を買い叩くと工事の質が悪くなりますから、取引先である外注先を買い叩くことを僕はしたくない。それが実現できる金額が「適正」だと捉えています。したがって、うちの工事価格は高くも安くもない金額です。

もちろん価格は安いほうがお客様にとって魅力的であることは僕も承知しています。ですから「とにかく安さを重視したい!」と考えるのであれば、当社ではなく個人でされている職人さんに依頼されることをオススメしています。

具体的には「〇〇工務店」とか「〇〇有限会社」ではなく、チラシや看板すら出さずに下請け活動だけで生計を立てている職人さんに直接依頼するのです。

このような方にとってお客様との直接取り引きは嬉しいボーナスになります。会社を維持するための経費も気にならないですから、腕によりをかけて良い工事を行ってくれるでしょう。

個人の職人さんはホームページなどを持っていないため見つけにくいですが、もしドンピシャで知り合いがいれば低価格で良い工事を行ってもらえるかもしれません。

最近はニュース番組などで「無理な値下げ要求は巡り巡って給料に反映され、不景気の原因になる」と言われています。そのためか『低価格での表示や急な値下げをされると逆に心配になる』という声を聞くことも多くなりました。

このように適正価格に理解を示してくれる方も多くなりましたが、僕たち会社側がそこに甘えているようではダメです。

組織の中身やアフターフォローの有無はともかく、うちよりも安い価格で提示する業者は多くあります。ですから適正価格とはいえ「おたくに頼んでよかった」と思っていただけるサービスを提供しなければならないでしょう。

そんな気持ちもあって、うちは家のことなら何でも相談して頂ける総合リフォーム会社にしています。まともな工事をお届けするのは当たり前です。

究極的なことを言えば「いい保険屋さん知らない?」と仕事に関係のないことでも気軽に聞けるくらい「困ったら、わたサポに頼んだら何とかしてくれる」と思っていただける存在になっていきたいと考えています。

箸休めコーナー
相談イラスト

06.すべて自己責任

この価値観はスタッフの中でも、責任者クラスになる人たちと共有したくて作りました。

同業の社長同士で集まると「自己責任のマインドセットがない人は上手くいかないよね」という話がよく交わされます。僕もお客様と直接接する機会がある人にはこの意識を強く持ってほしいと考えています。

なぜなら「すべて自己責任」の心構えがないと、責任のある立場になるほど通用しなくなるからです。他人任せの姿勢はすぐに見抜かれます。

僕の予想ですが、おそらくスタッフが社長の言っていることを真に受けて行動している会社はいずれ潰れます。少なくとも社長の目が行き届かない規模は維持できないでしょう。

社長が言いたいことの本質を見極め、自己の責任で現場にあったやり方で実行できる。そんな人が必要になります。

ちなみに僕は経験年数をあまり当てにしていません。業界での経験が15年ある人でも、その人が同じ1年を15回繰り返したのであれば1年と同じだと思っています。変化の激しい今の時代は3年もすれば過去の常識が変わることもあります。そのため僕はスタッフの仕事を経験値ではなく「過程」「結果」「意欲」の3つで評価しています。

自分のミスをごまかしても、よほど腹が立たない限り何も言いません。ただ、自己責任で動いていないことは一目瞭然ですから評価シートの点数は下がります。

ところで、実はこれを書いている今、うちには「この人が責任者です」と言えるような人がいません。ただ、遠くない未来に責任者が必要になることはわかっています。ですから事前に僕のスタンスを知ってほしくてこの文章を書いています。

面接で会社を選べるように、会社にも選ぶ権利があります。ハッキリ言うと、うちは責任者クラスに限れば「頑張る人にとって天国な会社」です。普通の会社なら20代、30代で経験できないようなことも能力があれば経験できます。

専門的な話になりますが、会社全体など広い視点で物事を考えるなら論理的思考と高い倫理観が必要です。

僕は可能性の積み上げという言葉をよく使いますが、言い方を変えれば論理の積み重ねでもあります。したがって論理的思考、ロジカルな思考ができない人に上に立つ資格はないです。

ちなみに倫理の反対は情緒ですから「あの人が上手くやっているから」という理由で自分の頭で考えず、真似をするような情緒的にものを考える人は危険です。少なくとも上のポジションには向いていません。

このような考え方があるので「すべて自己責任」の姿勢がない人を責任者候補として見ることはありません。仮に将来自分の子が入社してきても同じで、自己責任のマインドセットがなければ平社員のままにします。

このことを理解したうえで、いつか「質の高い会社にお客様が集まる世界を自分がつくろう」と会社を引き継いでくれる方が現れてくれれば嬉しいですね。

箸休めコーナー
イラスト03

■最後に

ここまで読んで「立派なこと書いてるなぁ」と思われたかもしれません。

嘘を書いたつもりはないですが、実際の僕は抜けているところが多い人間です。しょうもないミスも多く、詰めが甘くていつも周囲の方にカバーしてもらってばかりいます。

リフォーム業界にはHPに書いてあることが全部ウソ、という会社もあります。僕もお会いするまでは「なんて立派な会社なんだ!」と思っていたのに、いざ会ってみると社長の顔写真すら別人でがっかりした経験を何度かしてきました。

このようにうさん臭い人も多い業界で、なぜ、わざわざ僕がこんな活動を行うのか。振り返れば子どもの誕生がキッカケだったように思います。

子どもや孫の人生まで考えるなら、世の中のことを考えざるを得ません。

僕は大したことができる人間ではないですが、後々の世界のために、自分の残り何十年かの人生でできることは何か?そう考えて過去を振り返ったときに、真っ先に思い浮かんだのがリフォームで苦い思いをしたお客様のことでした。

僕の言っていることはきれい事かもしれないし、胡散臭いと思われるかもしれません。活動していく中で苦しいこともあるし、失敗だって山のようにするでしょう。ですが、「これをやらないと死ぬときに後悔する」という気持ちがあるのでうさん臭くなくやり抜きたいと考えています。

立つ鳥跡を濁さずじゃないですが、個人的に様々な方から受けた恩以上に、世の中に貢献出来たと思いながら人生を終えたい。そんな願望もあります。

結局根っこの動機は自分勝手なワガママなのですが、本当の事なのでここまで正直に書かせていただきました。

繰り返しになりますが、質の高い会社にお客様が集まる世界を実現するには大勢の仲間が必要になります。当社のスタッフだけでなく、考え方に共感してくださるお客様をも巻き込むくらいでないと大きなムーブメントは起きません。

品質に自信のある工務店やリフォーム会社の方には、必要ならわたサポでお手伝いもするのでどんどんお客様を集めていただきたい。

リフォームなどの工事を考えている方は、質の低い会社に踊らされず、当社でなくても良いので質の高い真面目な会社に依頼していただきたい。

このページも、読むことで世の中を良くする行動を自然にとれる方が1人でも増えてくれたらいいな、と思って書き上げました。

最後にお願いがあるのですが、できれば「あのページ読んだよ!」とお電話や渡辺への直通フォームなどからご連絡を頂けると嬉しいです。それだけでも励みになりますし、嫌でなければ僕も時間をとってお話させて頂きたいと思っています。

最後までお読み頂きありがとうございました。今後ともよろしくお願いします。

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